「今日の会議、若手から全く意見が出なかったな…」「また同じような企画案ばかりか…」
私が勤める教育現場の職員会議で、ふとそんな物足りなさを感じることがあります。活気ある議論の中から、新しい教育の形が生まれるはず。そう期待しているにもかかわらず、どこか停滞した空気が漂う。
一方で、家に帰れば三人の子どもたちの父親です。先日、小学生の息子が、夏休みの自由研究のテーマをなかなか決められずにいました。「失敗したらどうしよう」「面白いものが作れなかったら恥ずかしい」と、挑戦する前から不安に駆られている様子。その姿を見て、職場の若手社員たちの顔が重なりました。
管理職として、そして親として、私たちは彼らの成長を心から願っています。しかし、良かれと思ってかけた言葉が、かえって彼らを萎縮させているとしたら…?
一見すると全く異なる「職場の部下」と「家庭の子ども」。しかし、彼らが自ら考え、発言し、行動するためには、実は共通の”あるもの”が不可欠なのではないか。私は長年の管理職経験と子育てを通じて、そう確信するようになりました。
視点の提示:「心理的安全性」という共通の土台
その共通の土台こそが、近年、組織論や人材育成の分野で注目されている「心理的安全性(Psychological Safety)」です。
これは、組織やチームの中で、誰もが不安や恐れを感じることなく、安心して自分の意見を言ったり、行動したりできる状態を指します。突飛なアイデアを口にしても、初歩的な質問をしても、あるいは失敗を報告しても、それによって人間関係が悪化したり、不利益を被ったりしないと信じられる環境。そう言い換えることができるでしょう。
今回は、この「心理的安全性」というキーワードを軸に、学校という組織をマネジメントする管理職としての視点と、三人の子と向き合う親としての視点を行き来しながら、部下と子どもの「挑戦する心」をいかに育んでいくか、その具体的な方法を探ってみたいと思います。
分析・考察:なぜ今、「心理的安全性」が重要なのか?
職場における心理的安全性:Googleが証明した「成功するチーム」の鍵
「心理的安全性」という概念が広く知られるようになったきっかけは、米Google社が数年をかけて実施した、生産性の高いチームの条件を解明する調査「プロジェクト・アリストテレス」でした。驚くべきことに、優秀な人材を集めたチームが必ずしも高い成果を出すわけではなく、チームの成功に最も重要な因子は「心理的安全性」であると結論付けられたのです。
心理的安全性が高いチームでは、メンバーは次のような行動を自然と取るようになります。
- リスクを取ることを恐れない:「こんなことを言ったら笑われるかもしれない」という不安がなく、革新的なアイデアや意見を積極的に提案する。
- 自分の弱みや失敗をオープンにできる:ミスを隠すのではなく、すぐに報告・相談することで、問題が大きくなる前に対処できる。
- 互いに助けを求めやすい:わからないことを「わからない」と素直に言え、チーム内で知識やスキルが共有されやすい。
このような環境が、結果としてイノベーションを促進し、チーム全体のパフォーマンスを劇的に向上させるのです。これは、私が管理職として目指す、職員室の理想の姿そのものです。
家庭における心理的安全性:子どもの「自己肯定感」と「レジリエンス」を育む土壌
そして、この考え方は、そのまま家庭における子育てにも当てはまります。家庭は、子どもが人生で最初に所属する、最も基礎的なコミュニティです。この場所で心理的安全性が確保されている子どもは、健やかな成長の土台を築くことができます。
- 自分の考えや感情を素直に表現できる:「こんなことを言ったらパパやママに怒られるかな」と心配することなく、自分の気持ちを正直に伝えられる。
- 失敗を恐れずに新しいことに挑戦できる:「どうせうまくできない」と諦めるのではなく、「やってみよう!」と一歩を踏み出す勇気が持てる。
- 困難な状況から立ち直る力(レジリエンス)が強い:失敗しても、それは学びの過程であると捉え、再び挑戦するしなやかな心を持つ。
親に「何を言っても、どんな自分であっても、受け止めてもらえる」「たとえ失敗しても、この家庭が自分の安全な基地であることは変わらない」という絶対的な安心感があるからこそ、子どもは自信を持って外の世界へ踏み出していけるのです。これこそが、子どもの「自己肯定感」の根幹をなすものと言えるでしょう。
具体例:職場と家庭、それぞれのシーンで
では、具体的にどのようにして心理的安全性を高めていけばよいのでしょうか。ここでは、私が日々の実践で心がけていることを、「管理職」と「親」それぞれの視点からご紹介します。
| 職場での振る舞い(管理職として) | 家庭での関わり方(親として) | |
|---|---|---|
| 傾聴する | 1on1ミーティングの時間を設け、「最近どう?」と問いかけます。部下が話し始めたら、途中で「でも」「それは違う」と遮らず、まずは最後まで真摯に耳を傾ける。「そうか、そんな風に感じていたんだな」と、相手の視点を一旦受け止めることを徹底します。 | 夕食の時間、子どもが学校での出来事を話し始めたら、スマホを置いて、子どもの目を見て話を聞きます。「うん、うん」と相槌を打ちながら、「それで、どう思ったの?」と、子どもの気持ちや考えを深掘りするような問いを投げかけます。 |
| 失敗を許容する | 若手教員が授業で新しい試みをして、思うような成果が出なかった時。「だから言ったじゃないか」と結果を責めるのではなく、「その挑戦が素晴らしい。何が原因だったか、次にどう活かせるか一緒に考えよう」と、プロセスを評価し、未来に繋げるフィードバックを行います。 | 子どもがジュースをこぼしてしまった時、感情的に「何やってるの!」と叱るのではなく、「大丈夫だよ。まずは拭こうか。どうしてこぼれちゃったのかな?」と冷静に対応し、原因と対策を一緒に考える機会にします。 |
| 感謝を伝える | 職員室で、他の教員の業務を少し手伝ってくれた若手に対し、その場で「〇〇先生、ありがとう。すごく助かったよ」と具体的に感謝の気持ちを言葉にします。誰かの貢献が、当たり前にならないように意識しています。 | 子どもが食後に自分のお皿を運んでくれた時。「お手伝いしてくれてありがとう、パパ助かるよ」と、当たり前と思わずに感謝や承認の言葉をかけます。その一言が、子どもの「またやろう」という気持ちを育てます。 |
| 情報をオープンにする | 学校の運営方針や、なぜそのような意思決定をしたのか、その背景を職員会議で丁寧に説明します。「どうせ上層部が決めたこと」ではなく、「自分たちも学校運営の一員である」という当事者意識を育むためです。 | 家庭のルール(例えばゲームの時間など)を決めるとき、一方的に押し付けるのではなく、「どうしてこのルールが必要だと思う?」と子どもにも意見を求めます。家族会議を開き、それぞれの考えを共有するのも良い方法です。 |
結論:今日からできる、心理的安全性を高めるための「Fine-Tune(微調整)案」
心理的安全性は、特別な研修や制度を導入すればすぐに築けるというものではありません。むしろ、管理職や親である私たちの日々の小さな意識と行動の積み重ねが、職場や家庭の空気を着実に変えていくのです。最後に、明日から、いえ、今日からすぐに実践できる「Fine-Tune案」を3つ提案させてください。
- 詰問の「なぜ?」から、未来志向の「どう思う?」へ
相手を追い詰めるような「なぜ、まだ出来ていないんだ?」ではなく、「順調かな?もし何か手伝えることがあったら言ってね」と声をかける。「なぜ言うことを聞けないの?」ではなく、「どうしたら、やりたい気持ちになるかな?」と問いかける。詰問から対話へ。この小さな転換が、相手に考える余地と、発言の機会を生み出します。 - 完璧な上司・親ではなく、「失敗するリーダー」であれ
私たちは、完璧な上司や親である必要はありません。むしろ、「私も若い頃、同じような失敗をしてね…」と自らの弱みや失敗談を話してみる。その自己開示が、相手に「失敗してもいいんだ」「この人も自分と同じ人間なんだ」という安心感を与え、心の距離をぐっと縮めます。 - 1日1回、誰かの「行動」に感謝する
私たちはつい、目に見える「結果」ばかりを評価しがちです。しかし、その裏にある「行動」そのものに目を向けてみませんか。「資料作成、早めに取り掛かってくれてありがとう。そのおかげで、じっくりレビューできるよ」。「宿題、自分から机に向かえたんだね。その気持ちが素晴らしいよ」。具体的な行動を承認する言葉が、相手の次のアクションに繋がる、何よりのガソリンとなるのです。
まとめ
今回は、「心理的安全性」をキーワードに、職場の部下指導と家庭の子育てに共通する視点を探ってみました。変化が激しく、予測困難なVUCAの時代だからこそ、組織や家庭といった私たちにとって最も身近なコミュニティの心理的安全性を高めることが、個人のパフォーマンスを最大化し、ひいては社会全体のウェルビーイングに繋がるのではないでしょうか。
日々、正解のない問いに向き合い続けている管理職の皆さん、そして親の皆さん。まずは私たち自身が、職場や家庭を「何を言っても大丈夫」な場所にすることから始めてみませんか。その小さな一歩が、部下や子どもの「挑戦する心」を育む、何よりの栄養になるはずです。私もまた、一人の管理職、一人の親として、皆さんと共に学び、実践を続けていきたいと思っています。


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