正解を探すのではなく、視点を増やす。多角的な思考で、人生をチューニングしよう。

「やらされ研修」を「対話の広場」へ。校内研修の温度差をFine-Tuneする視点

窓の外では、北海道特有の乾いた雪が街灯に照らされ、静かに降り積もっています。 時計の針は15時30分。放課後のチャイムが鳴り響き、本来なら一日の仕事を締めくくりたいこの時間に、私たちの学校では「校内研修」が始まります。

「さあ、研修を始めます。今日は学習指導案の検討です」

研修担当の威勢の良い声。対照的に、ノートパソコンの影で小さくため息をつく若手教員。 山積みのテスト採点を気にしながら、時計をチラチラと見る中堅教員。 そして、後ろの席でどっしりと構えつつも、どこか「早く終わらないかな」というオーラを醸し出すベテラン教員……。

教頭席からこの光景を眺めていると、そこには目に見えない「温度差」の地層が積み重なっているのを感じます。

今日は、そんな「校内研修」という、学校現場において最も情熱と疲弊が交錯する場所について、少し視点を増やして考えてみたいと思います。

目次

なぜ「校内研修」はこれほどまでに重たいのか?

そもそも、なぜ校内研修はこれほどまでに「重たい」空気を作ってしまうのでしょうか。

最大の理由は、私たちが無意識に「唯一の正解」を全員にインストールしようとしているからではないか、と私は考えています。

「主体的・対話的で深い学び」 「個別最適な学びと協働的な学び」 「ICTの高度な活用」

どれも大切なテーマです。しかし、これらの「正解」を、20代の初任者から50代のベテランまで、状況も悩みも異なる全員に同じスピードで、同じ熱量で求めてしまう。これが、現場の疲弊を招く大きな要因です。

情熱あふれる研修担当者は「より良い教育を!」とアクセルを踏みますが、子育て中の教員にとっては、一分一秒でも早く帰宅して子どもの顔が見たいのが本音です。また、これまでの経験に自信を持つベテランにとっては、新しい横文字の理論が「自分の全否定」のように聞こえてしまうこともあります。

この「正解の押し付け」という枠組みを、一度アンラーン(学習棄却)する必要があるのかもしれません。

シリアで学んだ「インシャアッラー」の精神と、研修のあり方

ここで、私の視点を少し遠くへ飛ばしてみます。かつて私が滞在したシリア(中東)での経験です。

シリアの街角で、私は幾度となく「予定通りに進まない」状況に直面しました。約束の時間に相手が現れない。役所の手続きが突然止まる。日本人の私の感覚からすれば、最初はイライラとストレスの連続でした。

しかし、彼らが口にする「インシャアッラー(神の御心のままに)」という言葉の中に、私はある種の「救い」を見出しました。

それは、「人間がコントロールできることには限界がある」という潔い諦念と、「自分とは違う他者のペースを認める」という寛容さでした。

校内研修も同じではないでしょうか。 「全員が同じ熱量で取り組むべきだ」という日本の学校の「完璧主義」を、少しだけ「インシャアッラー」の精神で緩めてみる。

「今は熱くなれない時期の先生もいる。でも、そこにいるだけでいい」 「今はICTが苦手な先生もいる。でも、その先生には子どもを包み込む笑顔がある」

そんな風に、研修の場を「正解のインストール」ではなく、「互いの異文化(価値観)を認め合う場」として捉え直すと、少しだけ空気の温度が和らぐ気がするのです。

家庭の「献立作り」を組織論で解いてみる

視点をもう一つ、私の家庭(5人家族)に引き寄せてみましょう。

夕食の献立を決める時、我が家はいつも難航します。 「ハンバーグがいい!」という小5の長男。「ラーメンがいい!」という下の子たち。そして「健康のために和食がいい」と願う妻。 全員の希望を満たす「正解」は存在しません。

ここで私が「今日はカレーだ!異論は認めん!」と強権を発動すれば、食卓には沈黙が流れます。これは、管理職が研修を無理強いする構図と同じです。

ではどうするか。私は、「共通の土俵(交差点)」を探します。 「みんな、お腹が空いているよね」「温かいものを食べたいね」という共通のニーズを確認した上で、「今日はカレーにするけれど、トッピングは各自選べるようにしよう」という歩み寄りを提案する。

校内研修も、「授業改善」という大きな目的は共通していても、その「トッピング(手法や学び方)」は各自が選べる自由度があっていいはずです。

Notion的思考で、研修を「ストック型」にチューニングする

ここで少し、私が得意とするNotionやExcelなどのツール活用(デジタル思考)の視点を導入してみます。

これまでの研修は「フロー型」でした。その時間に全員が集まり、その場で話を聞く。その瞬間に熱量がない人にとっては、ただ流れていく苦痛な時間です。

これを、「ストック型」の研修にシフトしてみてはどうでしょうか。

例えば、資料や実践の動画はすべてNotionなどのプラットフォームに集約しておく。

  • 熱量が高い人は、どんどん新しい情報を追記する。
  • 今は忙しい人は、必要な時に、必要な部分だけを「Pull(引き出す)」して学ぶ。
  • 対面での研修時間は、あえて「学び」を最小限にし、「対話(最近どう?という雑談も含めた)」に全振りする。

「全員で同じ時間に同じことをする」という同調圧力から解放された時、研修は初めて「自分のための時間」に変わるのかもしれません。

管理職・研修担当者に必要な「イケオジ」の余裕

最後に、私と同じ管理職や、研修の運営に悩む担当者の皆さんへ。

私たちが目指すべきは、威圧感のある「指導者」ではなく、白髪メッシュを揺らしながら「まあ、そんな日もあるよね」と笑える、余裕のある「ファシリテーター(イケオジ)」ではないでしょうか。

研修がうまくいかない、誰かがやる気を見せてくれない。そんな時に「なぜだ!」と憤るのではなく、「お、今日はみんなお疲れモードだな。じゃあ、今日は15分早く切り上げて、コーヒーでも飲みながら隣の人と最近の『小さな成功』を話し合おうか」と言える勇気。

「失敗の共有」を称賛し、「頑張れない自分」さえも許容される空気。 そんな「安全な場所」をデザインすることこそが、管理職の、そして校内研修の最大の仕事だと思うのです。

明日からのアクション:小さな「Fine-Tune」

研修の温度差に悩むあなたに、明日からできる小さなチューニングを提案します。

  1. 「研修の目的」を一つだけに絞る: 「あれもこれも」を捨て、「今日はこれだけ話せればOK」という低いハードルを設定する。
  2. チェックインを取り入れる: 本題に入る前の1分間、隣の人と「今日、嬉しかったこと」をシェアするだけで、脳のモードが切り替わります。
  3. 「不参加の権利」を認める(心のなかで): どうしても今は無理、という人の存在を否定しない。「そこに座っているだけで100点」と自分に言い聞かせる。

正解を探すのではなく、視点を増やす。 校内研修という場が、先生たちの人生を少しだけ「Fine-Tune」する豊かな場所になることを、北海道の静かな夜に願っています。

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