はじめに:我が子の将来、どこに「ゴール」を設定しますか?
こんにちは。ブログ「Fine-Tune」管理人です。私は現在50代で、教育関係の管理職を務めています。プライベートでは、妻と共に3人の小学生を育てる父親でもあります。
毎日の子育て、本当にお疲れ様です。宿題を見たり、習い事の送迎をしたり、日々のタスクをこなしながらも、親の頭の片隅には常にこんな不安があるのではないでしょうか。
「この子の将来は大丈夫だろうか?」
ニュースを見れば、AI(人工知能)の急速な進化、グローバル競争の激化、終身雇用制度の崩壊など、私たちが育ってきた時代とは前提がまるで違う社会が到来しつつあります。
そんな不確実な未来を前にしたとき、親として最も分かりやすく、安心できる「ゴール」のように思えるのが、「少しでも偏差値の高い、いわゆる『良い大学』に入れること」ではないでしょうか。
「良い大学に入れば、良い会社に入れて、一生安泰」。 かつては確かに、それが成功の方程式でした。私自身もそのレールの上を走ってきた世代ですし、親心として、子どもに安定した道を歩ませたいと願う気持ちは痛いほど分かります。
しかし、教育現場の最前線で、子どもたちの様子や社会の変化を見続けている管理職として、私は今、強い危機感と共にこう問いかけざるを得ません。
「『良い大学へ』というゴールは、AI時代を生きる子どもたちにとって、本当に有効なのだろうか?」
この記事では、教育のプロとしての視点、そして皆さんと同じ一人の親としての視点から、これからの時代に本当に必要な「賢さ」とは何かについて、一緒に考えていきたいと思います。
教育現場で感じる「高偏差値=安泰」神話の崩壊
AIが台頭する社会で「処理能力」の価値は相対的に下がる
なぜ、これまで「良い大学」が重視されてきたのでしょうか。それは、従来の日本の社会構造が、大量の知識を正確に記憶し、与えられた問題を効率よく処理する能力が高い人材を求めていたからです。「受験勉強が得意」ということは、この能力が高いことの証明でした。
しかし、この「既存の知識を検索し、定型的な処理を行う」という領域は、まさにAIが最も得意とするところです。Chat GPTのような生成AIの登場は、そのスピードを決定的に加速させました。
もちろん、基礎的な学力はこれからも重要です。しかし、それだけで「賢い」とされる時代は終わりを告げつつあります。誤解を恐れずに言えば、「AIと競争して勝てるレベルの事務処理能力」を持った人間を育てることに、どれだけの意味があるでしょうか。
「正解のない問い」の前で立ち尽くすエリートたち
私は管理職として、教育実習生や若手の先生方と接する機会が多くあります。中には、いわゆる難関大学出身で、非常に真面目で優秀な方もたくさんいます。
ところが、そんな彼らが、現場で壁にぶつかることがあります。 それは、マニュアルにないトラブルが起きた時や、多様な背景を持つ保護者と合意形成を図らなければならない時など、「唯一の正解がない状況」に直面した時です。
「正解を教えてください」「マニュアルはどこですか」と立ち尽くしてしまう。これまで「用意された正解」をいち早く見つける訓練を積んできたが故に、「自分で答えを作る」訓練が不足しているのです。
これは決して彼ら個人の資質の問題ではなく、これまでの教育システムが抱えてきた課題の表れだと感じています。偏差値という一つの物差しだけでは測れない能力が、これからの社会では確実に求められています。
AI時代に求められる「3つの新しい賢さ」
では、「良い大学」という分かりやすいゴールの代わりに、私たちは子どもたちのどんな能力を伸ばしていくべきなのでしょうか。
私は教育現場での経験から、これからの時代に必要なのは以下の「3つの賢さ」だと考えています。これらは、AIには代替しにくく、人間だからこそ発揮できる能力です。
1. 「答え」を出す力より、「問い」を立てる力
AIは、与えられた問いに対して答えを出すことは得意ですが、「何が問題なのか?」「そもそも何を問うべきか?」という「課題設定」はできません。
社会に出れば、テストのように問題文は用意されていません。雑多な情報の中から違和感を見つけ、「ここを解決すれば良くなるのではないか?」と自ら問いを立てる力。これこそが、新しい価値を生み出す源泉となります。
2. 一人で勝ち抜く力より、多様な他者と協働する力
これまでの受験競争は、隣の人よりも1点でも多く取るという個人戦でした。しかし、現実社会の複雑な課題は、一人きりで解決できるものばかりではありません。
自分とは異なる専門性、異なる文化的背景、異なる価値観を持った人たちと対話し、衝突を恐れずに議論し、お互いが納得できる「最適解」を共に作り上げていく力。
多様性を尊重し、チームで成果を出せる力(コラボレーション能力)は、今後ますます重要になります。これはペーパーテストでは測れない能力の筆頭です。
3. 知識の量より、学び続けることを楽しむ「好奇心」
変化の激しい時代において、大学時代に学んだ知識は、社会に出て数年もすれば陳腐化してしまいます。
大切なのは、「自分はもう知っている」と満足することではなく、「世界は知らないことだらけだ」という前提に立ち、生涯にわたって新しいことを学び続けようとする姿勢です。
その原動力となるのが「好奇心」です。「面白そう」「なぜだろう」というワクワクする気持ちさえあれば、人間は勝手に学び、自分のOS(思考の基盤)をアップデートし続けることができます。この「非認知能力」と呼ばれる領域の土台がしっかりしている子は、どんな環境変化にも強いのです。
家庭でできる「視点」のチューニング
「3つの新しい賢さ」が必要なことは分かった。でも、親として具体的に何をすればいいの? と思われるかもしれません。
学校教育も今、変わろうと必死にもがいていますが、変化には時間がかかります。だからこそ、家庭での関わり方が重要になります。
今日からできることは、親自身の意識を少しだけ「チューニング(微調整)」することです。
親の役割は「正解を教えること」から「伴走すること」へ
- すぐに「正解」を教えない勇気を持つ 子どもが何かに躓いているとき、つい効率的な解き方や答えを教えたくなりますが、グッと我慢してみてください。「あなたはどう思う?」「どうしたらできそうかな?」と問いかけ、子どもが自分で考える時間を奪わないことが、「問いを立てる力」を育みます。
- 失敗を「ナイスチャレンジ!」と捉える テストの点数が悪かった時、「なんで間違えたの!」と叱るのではなく、「どこが分からなかったのかが発見できて良かったね」と声をかけてみてください。失敗は「ダメなこと」ではなく「学びのプロセス」だと認識できれば、子どもは恐れずに新しいことに挑戦できるようになります。
- 親自身が「多様な視点」を楽しむ姿を見せる これが最も強力な教育かもしれません。親が楽しそうに本を読んだり、自分とは違う世代や考え方の人と交流したり、「お父さん(お母さん)も最近、こんな新しい発見があってね」と食卓で話す。そんな姿を見て、子どもは「学ぶって楽しいことなんだ」「世界はいろんな見方ができるんだ」と肌感覚で理解していきます。
まとめ:目指すのは「偏差値の高い子」ではなく「幸せに生き抜ける子」
誤解していただきたくないのですが、私は大学進学を否定しているわけではありません。学びたい学問があり、その環境が大学にあるのなら、それは素晴らしい選択肢です。
しかし、「良い大学に入ること」それ自体が最終ゴールになってしまうと、その後の人生で苦労する可能性があります。
私たちが本当に願っているのは、子どもが偏差値の高い大学に入ることではなく、「将来、どんな環境に置かれても、自分らしく幸せに生きていける力をつけてほしい」ということではないでしょうか。
そのためには、既存の「正解」のレールにとらわれず、多様な視点を持って、しなやかに思考をチューニングしていく力が必要です。
50代の私も、管理職として、親として、古い価値観をアンラーン(学びほぐし)しながら、必死で視点を増やそうともがいている最中です。
このブログ「Fine-Tune」では、そんな試行錯誤のプロセスも共有しながら、皆さんと一緒に、これからの時代を生き抜くためのヒントを探していきたいと思っています。
正解のない時代の子育て、一緒に悩みながら楽しんでいきましょう。


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